八重歯は、日本では「可愛い」「愛嬌がある」といったポジティブなイメージで語られることがある、少し特殊な歯並びです。そのため、長年自分のチャームポイントとして八重歯と共に過ごしてきた方が、歯列矯正でそれを治した場合、たとえ歯並び全体は美しく整ったとしても、どこか寂しさや喪失感を覚えてしまうことがあります。「あの八重歯があったからこその私だったのに」「個性がなくなってしまったみたい」――そんな風に感じ、「矯正やらなきゃよかった」という後悔に繋がるケースです。この感情の背景には、単に見た目の変化だけでなく、アイデンティティの一部を失ったという感覚があるのかもしれません。八重歯は、顔の印象を大きく左右する要素の一つです。笑った時にチラリと見える八重歯は、その人の笑顔を特徴づけ、親しみやすさや若々しさを演出していた可能性があります。それがなくなることで、顔全体の雰囲気が変わり、自分自身が見慣れない顔になったと感じるのです。特に、周囲の人から「八重歯が可愛いね」と褒められた経験がある人ほど、その喪失感は大きくなる傾向があります。矯正治療によって医学的には「正しい」歯並びになっても、自分が大切にしていた「個性」や「魅力」が失われたと感じてしまうと、治療に対する満足度は低下してしまいます。また、八重歯がなくなることで、顔のバランスが微妙に変化し、以前とは異なるコンプレックス(例えば、頬がこけて見える、ほうれい線が目立つなど)が新たに生まれてしまうことも、後悔の一因となることがあります。このような喪失感を避けるためには、矯正治療を始める前に、ご自身の八重歯に対する思いを正直に歯科医師に伝えることが重要です。そして、八重歯を治すことによってどのような顔貌の変化が予想されるのか、シミュレーションなどを通して具体的にイメージし、その変化を本当に受け入れられるのか、じっくりと考える時間を持つ必要があります。場合によっては、八重歯を完全に治すのではなく、少しだけ残すような治療計画も検討できるかもしれません。大切なのは、医学的な正しさだけでなく、ご自身の美的感覚や価値観も尊重した上で、納得のいく治療法を選択することです。
「可愛かった八重歯」を失った喪失感と矯正