念願だった歯列矯正を始めて一年が経った頃、私は定期的なレントゲン撮影に臨んだ。歯並びは順調に動いており、私自身もその変化に満足していた。撮影を終え、診察台で待っていると、先生が少し神妙な顔つきでレントゲン写真を見せてくれた。「少し、上の前歯の根が短くなってきていますね。歯根吸収です」。その言葉を聞いた瞬間、頭が真っ白になった。歯根吸収。矯正を始める前にリスクとして説明は受けていた。でも、まさか自分がなるとは。私の歯は、もう長くもたないのだろうか。治療は失敗なのだろうか。不安で胸が押し潰されそうになった。先生は、そんな私の様子を察して、ゆっくりと説明してくれた。私の歯根吸収はまだ軽度であること。これは矯正治療では珍しいことではないこと。そして、このまま強い力で治療を続けるのはリスクがあるので、治療方針について相談したい、と。提示された選択肢は二つだった。一つは、一度矯正力をなくして数ヶ月歯を休ませ、その後、より弱い力で当初のゴールを目指す方法。ただし、治療期間は予定より大幅に延びる。もう一つは、現在の歯根の状態を最優先し、当初のゴールには100%届かないかもしれないが、審美的に問題のない範囲で治療を早めに切り上げる方法。私は悩んだ。完璧な歯並びを夢見て高いお金と時間をかけてきたのに、ここで妥協していいのか。でも、歯の健康を犠牲にしてまで続けるべきなのか。数日間、悩み抜いた末に、私は後者の選択肢を選んだ。歯の寿命には代えられない、と思ったからだ。それから半年後、私の矯正治療は終わった。確かに、専門家が見れば完璧ではないのかもしれない。でも、鏡に映る自分の笑顔は、治療を始める前とは比べ物にならないほど輝いていた。何より、自分の歯の健康を守るという決断を自分で下せたことに、私は満足していた。歯根吸収は、私に治療の限界と、何を最も大切にすべきかを教えてくれた。矯正治療は、ただ歯を動かすだけじゃない。自分の体と向き合い、最善の道を選択していく旅なのだと、今では思っている。